プレイボーイとバスローブ

通りに面したいちばん前のテーブルに席を取ってプレイボーイ誌をながめながらビールを飲んでいる。ふと背後に気配を感じる。振り返ってみると、黒ぶちのメガネをかけたギャルソンがトレーを腹のところに抱え込んで、誌面のピンナップガールに視線を落としている。

「好みかい?」

と、僕は彼に尋ねる。

「ええ、とても。」

と、ギャルソンが答える。

「たぶんここにいる間に読み終わるから、帰る時に置いてくよ。」

ギャルソンはとても嬉しそうな顔をして、僕にウインクをよこし、給仕の仕事へと戻って行く。夏は太陽で暑い陽射しが午後だった。日曜日にしては人が少ない。たぶん暑すぎるのだろうと僕は思った。通りを行き交う車は、道が混んでいるわけでもないのに、やけにノロノロ運転だった。右隣のテーブルのカップルは、男の方が10歳ばかり上で、知り合ったのはずいぶん前なのだけれど、今日この後初めてのセックスをする予定らしく、お互いしきりに酒を勧めあっていた。女の唇はワインで黒く染まっていて、目が血走っていた。男のポロシャツにはわき汗のシミが地図を描いていた。ヒザがずっと小刻みに揺れている。ごめんだね。と僕は思う。

テーブルをひとつ挟んだ左隣では、白い夏スーツに身を包んだ2人の老紳士が真剣な眼差しで卓上のオセロゲームに熱中していた。ひとりはパナマ帽を、もうひとりは麦素材の黒い山高帽をかぶっていた。

音楽はないが音はあった。主に、エアコンの室外機が醸す機械音と、エアコンの室外機以外の機器類が醸す機械音とに分類することができた。カフェの店内からはもっとラブリーな音が流れてくる。皿やカトラリーが当たり合う音は素敵だ。どこかで自作のポエムを読む低い声。排気ガスの匂いがゆるやかに漂っている。

ふと、視界の左の方に白くてふわふわしたものが目に入った。風で飛ばされたシーツのようだったけれど、よく見るとそれは白いバスローブを羽織った女の姿だった。おそらくローブの下は全裸だろう。スリッパすら履かずに裸足で、長いくるくるとした栗色の髪の毛をなびかせながら、けっこうなスピードで走ってきて、僕のテーブルの前を通りすぎ、あっという間に視界の右の方に消えて行った。ピンク色のフレームのシャネルのサングラスをかけて、下唇をキッと噛み締めていた。手に握っていたのが財布だったか、ポーチだったか、そこまでしっかり確認できなかった。足の裏が路面を打つヒタヒタという音が僕の脳裏に残っていた。

僕はさきほどのギャルソンを呼んで、ビールのおかわりを注文する。

「今、裸の女の子が僕の前を走って横切って行ったんだけど、この辺ではよくあることなのかい?」

「はい。夏ですから。それに、坂の上にホテルがありますので。」

「ふうん。そうなんだ。」

僕は夏とホテルと裸でバスローブの女の関係性を頭の中で考えてみる。

考えてもわからないことは世の中にたくさんある。僕はビールをごくごく飲んで、ふうっと息を吐き、プレイボーイに目を戻す。カウボーイハットを被ったビキニ姿の女の子が、挑発的にヒップを突き出して、振り返りざまに、視線をこちらに投げかけていた。「う」と言っているようにも見えたし。「ゆ」と言っているようにも見えた。左目の下のほくろがセクシーと言えばそうかも知れない。

もう時間だ。

いつの間にか隣のカップルの姿はなくなっていた。老紳士たちは2人して、変わらずテーブルの上のツートンボードを凝視していた。僕はビールの代金をテーブルに置いて、風で飛ばないようにビアグラスを乗せ、ペーパーナプキンでサングラスを拭いて、席を立ち、ギャルソンに目で挨拶をして、サングラスをかけ、椅子をきちんとテーブルに入れて、両手を半ズボンのポケットにつっこみ、先ほどバスローブの女が走り去っていった方向に歩き出した。振り返ると、風がプレイボーイのページをひらひらとめくっていた。

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