無題

里山の沿道は初夏の緑につつまれていた

次の瞬間

私たちはホームタウンの繁華街にいた

夕方だった

やけに人の姿が少なかった

あちこちで道路が閉鎖されていた

もう家に帰らなくてはいけない時間だったが

彼女を家まで送るのが礼儀と思っていた

彼女を車に乗せるはずが

いつのまにか自転車になっていた

通行止めをかいくぐり

自転車で走った

その後ろを彼女がついてきた

引っ越しをしたの

と彼女が言った

何故か僕は彼女の今の住居を知っていた

隣の街で

よく通ることのある場所だったけれど

行ってみると

全く見たことがないエリアだった

何年も会ってなかった彼女と

何がどうなってまた再会することになったのか

よくわからなかった

でも間に挟んだ時間が

全くなかったかのように

穏やかで幸せな時間を共有できた

たぶん半日ぐらい

一緒にいたのだと思う

でもどこで何をしていたかはわからない

ただ満ち足りた感覚の記憶だけが残っていた

彼女に触れたいと思ったが

それは越えてはいけないラインだった

彼女もそこの考えは同じであるようだった

彼女の新居は

リゾート地の金持ちの古い別荘のような建物だった

玄関の木の扉を開けると

目の前が庭だった

住民共有の庭を囲む形で

それぞれの部屋が円形に配置されていた

中庭にしては緑が多かった

こじんまりとしたジャングルと言ってもよいぐらいだ

ジャングルの中から

かわいいリスが姿を現した

彼女がリスを手の上に乗せて

背中をやさしく撫でていた

何も変わっていないと思ったけれど

やはり時が流れたんだな

僕はそんな風に思った

もう行かなくてはならない

彼女にさよならを言って

木のドアの外に出た

今日は月曜日で

友人のライブに行くはずだった

ライブはすっぽかして

彼女と会ったということなんだろう

まだ日曜日なのかも知れない

靴の紐を結び

ついでにそこで荷物の整理をした

パンを食べた後の袋とか

ゴミをまとめるのだけど

どういうわけから

これにとても時間がかかった

背後から

聴き慣れた音楽が流れてきた

古いラジオのスピーカーから聞こえるみたいな

ノイズまじりの音だった

小窓が開いて

彼女が顔を出し

カセットプレーヤーを見せてくれた

これ

あなたが選曲してくれたの

今も聴いてるよ

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